放射線防護の重要性
医療従事者への放射線防護の重要性
- 放射線診療は増加しており、医療従事者の被ばくを伴う処置も頻繁に実施されている。
- 放射線科、循環器内科に加え、脳神経外科、整形外科、泌尿器科、消化器外科等の医師はX線透視で放射線障害の可能性がある。
- 水晶体混濁が報告され、眼の放射線防護を強化する必要性への関心が高まっている。
- 国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告では、手術室でX線装置を使用する医療従事者の防護に、可能な限り放射線防護板を使用することを推奨している。
- 放射線防護の原則に関する医療従事者および学生への教育と訓練が、これまで以上に求められる。
ICRP 117 画像診断部門以外で行われるX線透視ガイド下手法における放射線防護 (2010)
ヒトへの放射線影響
- ヒトへの放射線影響は、影響の発生にしきい値を持つ組織反応と、線量に応じて発生率が上がる確率的影響に分類されます。
- 組織反応としては脱毛、不妊、白内障、流産・身体的精神的障害(胎児)などが、確率的影響としてはがん・白血病と、遺伝性変異が挙げられます。
主な組織反応に対するしきい線量 (ICRP103、118等より)
(ICRP103、ICRP118)
影響の種類 |
影響を受ける臓器/組織 |
しきい線量 (mGy) |
一時的不妊(男性) |
生殖腺 |
100 |
一時的不妊(女性) |
生殖腺 |
650 – 1500 |
永久不妊(男性) |
生殖腺 |
6000 |
永久不妊(女性) |
生殖腺 |
3000 |
白内障 |
眼の水晶体 |
500 |
白血球減少 |
骨髄 |
500 |
皮膚紅斑 |
皮膚 |
3000 – 6000 |
一時的脱毛 |
皮膚 |
4000 |
- 胎児への影響 (ICRP 105等)
時期 |
放射線影響 |
しきい線量 (mGy) |
着床前期(受精-15日) |
流産 |
100 |
器官形成期(受胎後3-8週) |
奇形・身体的発育障害 |
100 |
胎児期(受胎後8-15週) |
精神・知能発達障害 |
100 – 200 |
がんと遺伝的影響に対するリスク
(ICRP 103 表A.4.4)
様々ながんに対して、男女のリスクを平均、致死率、QOLを考慮して算出された生涯のリスク推定値 (10^-2 /Sv)。
被ばく集団 | がん | 遺伝的影響 | 合計 |
全集団 | 5.5 | 0.2 | 5.7 |
就労年齢集団(18-64歳) | 4.1 | 0.1 | 4.2 |
放射線の人体影響
-
放射線教育講習プログラム(産業医科大学 産業生態科学研究所 放射線健康医学研究室、岡﨑龍史 教授 作成)
環境省 放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料
放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(令和3年度版)
医療従事者の放射線障害の事例
医療従事者のがん発生率コホート調査
- 放射線防護の実践が不十分な病院において 7年間に5名のがん症例が報告された。その病院で線量管理をしている放射線診療従事者の25年間のデータからがんリスクが増加しているか調査を実施した。対象は放射線診療従事者156名、非放射線診療従事者 158名で、累積がん発生率は、整形外科、整形外科以外以外の医療従事者、被ばくのない医療従事者で、それぞれ 29 (9/31)、6 (8/125)、および 4% (7/158) だった。 ロジスティック回帰分析では、整形外科医の腫瘍のリスクが有意に (P < 0.002) 増加した。被ばくの多い医療機関において十分な放射線防護対策が求められる。
被ばく [mSv] | 累積がん発生率 | オッズ比 | P 値 | |
---|---|---|---|---|
基準:被ばくをしない医療従事者 | – | 4% (7/158) | 1.04 | |
医師以外の医療従事者 | 7.5 (0.0-186) | 6% (6/107) | 1.07 | 0.901 |
整形外科医以外の医師 | 2.3 (0.0-17.9) | 11% (2/18) | 2.18 | 0.349 |
整形外科医 | 35.2 (0.04-517.8) | 29% (9/31) | 5.37 | 0.002 |
整形外科のIVR中に術者の指が照射野に入っている例
- 手外科における X 線透視下手術の例が示され、「対象が小さいため術者の手指の直接被ばくが避けられない」と説明
石垣大介.手外科手術における手指職業被曝と対策.臨床整形外科.55(2), 149-153. 2020.
手への直接放射線被曝と爪甲色素線条および手荒れとの関連: 最小侵襲脊椎治療学会(MIST)による調査
脊椎外科医における職業上の手指への被ばくと爪の色素沈着である爪甲色素線条(LM:longitudinal melanonychia)および手指湿疹との関連を日本低侵襲脊椎治療学会を対象としたウェブ上のアンケート調査を行った。直接被ばくが多い手の群(高被ばく群)と少ない手の群(対照群)に分け、高被ばく群の手におけるLMと手湿疹の有病率の調整オッズ比3.18 (95%CI:2.24-4.52)、手指の湿疹は調整後のORは2.26 (95%CI:1.67-3.06)であった。本研究では、医師の手の被ばくがLMおよび手湿疹と関連することが示唆された。
NHK:放射線業務により健康障害(皮膚がん)が出た医師への取材
https://www3.nhk.or.jp/news/special/sci_cul/2021/03/story/story_210302/
血管造影検査に係る医療従事者の水晶体混濁
O. Ciraj-Bjelac,Catheterization and Cardiovasc Interv 2010; 76:826–834.
- Contorol9%の有病率に対して、血管造影術者(医師)の有病率は52%、同領域での看護師の有病率は45%
- 相対リスクはそれぞれ5.7倍、5.0倍
心臓インターベンション担当者の放射線白内障リスク
E. Vano, Radiation cataract risk in interventional cardiology personnel, Radiat Res. 2010
インターベンショナル・カーディオロジー従事者の職業性被曝後の放射線白内障のリスクを評価した。合計116人の被ばく者と93人の同世代の非被曝者が調査された。インターベンショナル・カーディオロジストにおける後嚢下混濁の相対リスクは、非被曝対照者と比較して3.2%(38%対12%;P < 0.005)であった。看護師と技師の合計21%に放射線に関連する水晶体後面の変化が認められた。水晶体線量の累積中央値は、循環器内科医で6.0 Sv、関連医療従事者で1.5 Svと推定された。心臓インターベンション手技に関わる医療従事者の放射線に関連した水晶体変化の発生率が有意に高いことから、白内障の可能性を減らすために、これらのスタッフに放射線防護に関する教育を行うことが緊急に必要であることが示唆される。