Effective Dose — 便利な「ものさし」だが、個人のリスク予測には使えない
「このCTは何ミリシーベルトですか」と聞かれたとき、答えとして実効線量を出すのは正しいでしょうか。実効線量は異なる検査をひとつの数値で比べられるとても便利な量ですが、目の前のその人のリスクを予測する量ではありません。どこまでが正しい使い方なのかを整理します。
このページは ICRP Publication 147(2021)「Use of Dose Quantities in Radiological Protection」の考え方に沿ってまとめています。ICRP Publication 147(ICRP公式)/ICRP出版物の日本語訳(原子力規制委員会)
実効線量(effective dose, E、単位 Sv)は、外部被ばくと内部被ばくを合わせて、確率的影響(がんと遺伝性影響)の大きさを線量限度などの基準値と比べるための、ただ1つの数値です。
放射線の利用は学術や産業に役立つ一方で、放射線障害を起こすリスクを併せ持ちます。放射線防護は、その利益を保ちながら障害の発生を最小限に抑えるための体系で、目的は3つあります。
利益が明らかな行為を不当に制限することなく、人の安全を確保する。
個人の確定的影響(組織反応)の発生を防ぐ。等価線量限度が受け持つ。
確率的影響の発生を制限する合理的な手段を確実にとる。実効線量限度・線量拘束値が受け持つ。
実効線量が受け持つのは③です。集団における性と年齢で平均化した生涯リスク(名目リスク係数、単位 Sv-1)として数値化し、社会通念上許容できるとされるリスクをもとに線量限度が設定されます。実務では、遮蔽などの防護対策が妥当かどうかの検証と、法令順守の実証に使われます。
※ 遺伝性影響(hereditary effects)は子孫に現れる影響を指します。遺伝的影響(genetic effects)は、子孫に伝わるかどうかにかかわらず体細胞・生殖細胞を問わず遺伝子突然変異や染色体異常が生じることで、遺伝性影響より広い意味です。
吸収線量 → 等価線量 → 実効線量、と2段階で重みをつける
実効線量は測定できる量ではなく、次の順で計算される防護量です。
| ① 吸収線量 D(Gy) | 臓器・組織が単位質量あたりに吸収したエネルギー。物理量。 |
|---|---|
| ② 等価線量 HT(Sv) | D に放射線加重係数 wR を掛ける。放射線の種類(γ線・中性子・α線など)による生物影響の差を反映する。臓器・組織ごとの防護量。 |
| ③ 実効線量 E(Sv) | 各臓器の HT に組織加重係数 wT を掛けて全身で合計する。男女それぞれの等価線量から、両性に適用する平均値を算定する。全身の防護量。 |
放射能・フルエンス・吸収線量から実効線量への換算係数は、標準人モデル(ICRP のリファレンスファントム)をもとに算出されます。つまり実効線量は、最初から「平均的な人」の値として設計されています。この点が、あとで述べる使い方の限界に直結します。
換算係数の計算そのものは、モンテカルロシミュレーションで行われます。計算手法については 用語解説「モンテカルロシミュレーション」 をご覧ください。
wT は、全身を均等に被ばくした場合の影響に対して、その臓器が被ばくしたときの確率的影響が占める相対的な割合です。全臓器を合計すると 1 になります。1990年勧告(ICRP 60)から2007年勧告(ICRP 103)で、疫学データの更新に伴って値が見直されました。
| 組織・臓器 | ICRP 60(1990年勧告) | ICRP 103(2007年勧告) |
|---|---|---|
| 肺、胃、結腸、赤色骨髄 | 0.12 | 0.12 |
| 乳房 | 0.05 | 0.12 ↑ |
| 生殖腺 | 0.20 | 0.08 ↓ |
| 甲状腺、食道、膀胱、肝臓 | 0.05 | 0.04 |
| 骨表面、皮膚 | 0.01 | 0.01 |
| 脳、唾液腺 | (区分なし) | 0.01 ↑ |
| 残りの組織・臓器 | 0.05 | 0.12 ↑ |
とくに大きく動いたのが 乳房(0.05 → 0.12)と生殖腺(0.20 → 0.08)です。乳房の重みが倍以上になったことは、のちに見る「若い女性では乳房のリスクが突出する」という事実と対応しています。
「残りの組織・臓器」は ICRP 103 では男女それぞれ13組織(副腎、胸郭外領域、胆嚢、心臓、腎臓、リンパ節、筋肉、口腔粘膜、膵臓、前立腺(男性)、小腸、脾臓、胸腺、子宮/頸部(女性))の平均です。
出典:ICRP Publication 60(1991)/ICRP Publication 103(2007)
「1 mSv あたり何%」は集団の目安であって、その人の予測ではない
ICRP 103 は、がんと遺伝性影響の損害で調整した名目リスク係数を次のように示しています。
| 損害調整後の名目リスク係数 (10-2 Sv-1) |
全集団 | 成人 |
|---|---|---|
| がん | 5.5 | 4.1 |
| 遺伝性影響 | 0.2 | 0.1 |
| 合計 | 5.7 | 4.2 |
出典:ICRP Publication 103(2007)
この係数を個人のリスクに使うことには、次の問題があります。
つまり名目リスク係数によるリスク推定は集団での目安に過ぎず、この値を個人のリスクに使うには不確かさが大きすぎます。
同じ 1 Gy の被ばくでも、生涯にわたるがん罹患の寄与リスクは被ばくしたときの年齢と性別で大きく違います。とくに若い女性の乳房が突出していることが、図を見るとひと目でわかります。
実効線量は、この年齢・性別の違いをならしてしまった量です。防護の基準としてはそれでよいのですが、個人の話に持ち込むと誤差の大きい使い方になります。
ICRP Publication 147 は、リスクの最適な評価は個々の臓器・組織の平均吸収線量にもとづき、被ばく時年齢と、最も適切な集団グループの性別固有のリスク係数を用いるべきだとしています。そのうえで2つの注意があります。
| どう臓器線量を評価するか | 被ばく領域の境界付近にある臓器の線量は、被ばく条件のわずかな変化で大きく変わります。線量を算出するときはとくに注意が必要です。 |
|---|---|
| どのリスク係数を使うか | 被ばく時年齢と性別に対応した、対象集団に最も適したリスク係数を選びます。 |
ICRP Publication 147 が、医療被ばくに関連して実効線量の使用を推奨している項目
検査の正当化には3つのレベルがあります。第2レベル(症状に応じてどの検査を選ぶか=画像診断ガイドライン)では、実効線量が検査どうしの線量の相対的な大きさを示します。第3レベル(目の前の患者さんに対する判断)は臨床医の責任で、患者の性別・年齢、疾患の医学的リスク、平均余命を踏まえた潜在的リスクの評価に、実効線量が十分な情報を与えます。
X線検査と核医学検査のように体内の線量分布がまったく違う手技でも、実効線量なら1つの数値で比べられます。たとえば胸部CTと胸部X線撮影はどちらも肺を照射しますが、CTの実効線量は胸部X線の数百倍になります。第一に考えるのは患者にとっての利益ですが、同じ情報が得られるなら実効線量の差が選択の根拠になります。
同じ装置でも、条件によって体内の線量分布が大きく変わり、多くの臓器の線量をまとめて見たいことがあります。
例1:投影方向(AP と PA) 乳房・肺・食道は PA より AP のほうが高線量になり、実効線量も高くなります。
例2:管電圧とフィルタ 高管電圧にすると透過性が上がり、表在組織の線量を下げられます。
患者取り違えや他部位の撮影(意図しない被ばく)、手技のミスや機器故障(過剰被ばく)の初期評価に使えます。事故調査報告に十分な情報を与え、さらに詳しい評価が必要かどうかの判断ができます。実効線量が数十 mSv を超える場合は、臓器線量を推定して年齢・性・臓器別のリスク係数を当てはめる段階に進みます。
研究目的で行う複数の検査による被ばくを合計して評価するのに適しています。ただし実効線量はあくまで標準人での推定値なので、対象者の年齢・性別・健康状態は別途考慮する必要があります。
体幹部の広い範囲が被ばくする検診では、リスクの評価に使えます。ただしマンモグラフィのように乳房が線量の大部分を受ける検査は例外で、臓器線量で考えるべきです。
患者を支える個人が自発的に受ける被ばく(職業被ばくを除く)は医療被ばくとみなされます。典型例は、非密封 131I による甲状腺治療のあと退院した患者のご家族の被ばくです。随時の評価に適した量が実効線量で、どこまで許容するかは個々の状況によります。
検査を依頼する臨床医は、放射線による健康影響が医療の利益に比べて非常に小さいと認識しているため、内容をほとんど理解していないことがあります。実効線量はさまざまな被ばくを1つの値で比較できるので、代表的な手技の典型値を教育訓練に含めるべきだとされています。
出典:ICRP Publication 147(2021)
実際に測れる線量で足りる場面では、実効線量を持ち出さない
| 場面 | なぜ向かないか | 代わりに使う量 |
|---|---|---|
| ① 似た照射法どうしの線量比較・診断参考レベル(DRL)の設定 | 記録を簡単にし、不要な近似や補正係数を避けるため。 | 装置に表示される測定可能な線量(入射表面線量 ESD、面積線量 PKA、CTDI、DLP) |
| ② 患者線量の記録 | 実効線量は計算値で、近似と仮定が積み重なっている。 | 同じく測定可能な線量 |
| ③ 患者線量情報の追跡(累積線量) | 繰り返し検査を受ける患者が増えるなか、より正確な定量化が要る。 | 測定可能な線量の記録が最適。さらに詳細が必要なら、臓器・組織線量を計算して累積する |
| ④ 単一の臓器だけが被ばくしたときの線量評価 | 局所被ばくでは、臓器線量に対して実効線量の数値が小さく出てしまう。 | 臓器線量の推定値 |
局所被ばくで何が起きるか ― 131I の例
非密封 131I による内部被ばくでは、実効線量 1 mSv に対して甲状腺の等価線量は 25 mSv になります。甲状腺の組織加重係数が 0.04 だからです(1 ÷ 0.04 = 25)。
つまり局所被ばくでは、臓器線量の値に対して実効線量の数値が小さく出ます。「実効線量は 1 mSv です」とだけ言うと、甲状腺が受けた線量を25分の1に見せてしまいます。単一臓器の被ばくは臓器線量で語るべきです。
出典:ICRP Publication 147(2021)
低線量でのリスク予測には大きな不確実性があります。ICRP Publication 147 は、単純な用語を用いた説明で臨床医や患者への情報伝達に反映させることが合理的だとしています。たとえば、1 Sv あたりの生涯がん罹患リスクを30歳代の被ばくと比べると、次のようになります。
| 被ばく時の年齢 | 30歳代の被ばくと比べたリスク |
|---|---|
| 0〜9歳 | 約2倍 |
| 30〜39歳 | (基準) |
| 60歳代 | 約半分 |
| 70歳代 | 約3分の1以下 |
| 80歳代 | 約10分の1 |
出典:ICRP Publication 147(2021)
数値を細かく示すより、この程度の粗さで伝えるほうが誠実だということです。低線量被ばくによるがんリスクの推定値について、実際より確かなものだという印象を与えないことが大切です。
| 実効線量とは | 外部・内部被ばくを合わせ、確率的影響のリスクを単一の値で示す防護量。異なるモダリティの相対的なリスクを比べやすい。 |
|---|---|
| 強み | 線量分布がまったく違う検査どうしを1つの数値で比較できる。正当化・最適化・教育訓練・事故の初期評価に有効。 |
| 限界 | 性別・年齢・人種などで実際のリスクは大きく異なる。実効線量はそれをならした近似的な指標。 |
| やってはいけないこと | 特定の個人のリスク予測に使うこと。不確かさが大きく、適切ではない。 |
| 代わりに使う量 | 線量調査・DRL・記録・追跡には ESD、PKA、CTDI、DLP など測定可能な線量。単一臓器の被ばくには臓器線量。 |
考えてみてください。自分の施設で「実効線量」という言葉が使われている場面を思い出して、それは上の8項目のどれにあたりますか。もし当てはまらないなら、本当に必要なのは測定可能な線量か、臓器線量ではないでしょうか。
本ページは、当研究室の講義資料「医療被ばくにおける実効線量の正しい使い方」(第6回 放射線影響と防護量の考え方を学ぶWebセミナー、2024年7月31日、九州大学大学院医学研究院 保健学部門 医用量子線科学分野 藤淵俊王)をもとに構成しました。内容の骨格は ICRP Publication 147(2021)で、組織加重係数は ICRP Publication 60(1991)および ICRP Publication 103(2007)によります。図は ICRP Publication 147 Table 2.5 の数値をもとに当研究室で作成したもので、原著の図版は使用していません。正確な記述は原典をご参照ください。
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