Research — 放射線防護を、測る・計算する・見せる・作る
放射線防護の考え方を、実際の医療現場で使える形にするための当研究室の研究を紹介します。分野の考え方(ICRPの3原則、医療被ばく・職業被ばく・公衆と環境)は 放射線防護の基礎、教材は 教育・XR教材 にまとめています。
当研究室は「医用放射線による患者およびスタッフの放射線防護、モニタリング、放射性廃棄物に関する研究」と「放射線の可視化に関する研究」を二本柱としています。実験計測・数値シミュレーション・現場調査を組み合わせ、科学的根拠に基づいた被ばく低減策を提案します。


4つの手法を組み合わせ、現場で使える防護策に落とし込む
各種線量計と人体ファントムを用いて、実際の装置・検査条件で被ばく線量を実測します。現場調査により、実態に即したデータを収集します。
モンテカルロシミュレーションで、実測が困難な体内の臓器線量や室内の散乱線分布を計算します。実測値との比較で妥当性を検証します。
得られた線量分布をXR(AR/VR/MR)やCGモデルで可視化し、医療従事者が防護行動を直感的に理解できる形にします。
3Dプリンタで、CT値を人体に合わせたファントムや、散乱線分布を立体にした教材を作ります。測定に使う道具と、学ぶための道具を、研究室で設計・製作しています。
この4つは独立した手法ではなく、循環しています。実測がシミュレーションを検証し、シミュレーションが可視化教材の根拠となり、可視化によって明らかになった課題が次の測定につながります。3Dプリンタで作るファントムと教材は、測定と教育の両方を支えます。




医療被ばくを、被ばく線量と画質の両方を考慮して最適化するため、線量の評価と線量管理システムに関する研究を行っています。各種線量計と人体ファントムを用いた実測に加え、実測できない臓器線量や線量分布はモンテカルロ計算で求め、計算の妥当性は実測との比較で確かめます(このページの 医療被ばくの精密な線量評価、用語解説 線量の最適化・診断参考レベル(DRL))。
X線透視・IVR(画像下治療)、核医学、放射線治療などに携わる医療従事者の被ばくを評価し、デジタル技術を活用した被ばく低減対策を開発しています。防護具の性能評価も行っています。2011年の国際放射線防護委員会(ICRP)ソウル声明(Publication 118)で水晶体の線量限度が引き下げられて以降、重要性が増した職業被ばくの管理を中心に研究を進めています(水晶体被ばくの実態調査)。
放射線診療従事者の被ばくモニタリング手法の高度化にも取り組み、水晶体・末端部位を含む部位別の被ばく実態の把握と、より実効的なモニタリング体制を提案します。実測できない場所の線量は、モンテカルロ法で散乱線の分布を計算して求め、防護具・遮へい配置の最適化や被ばく低減効果を定量的に評価します。
たとえばX線管の配置ひとつで被ばくは大きく変わります。X線管を天板の上に置くオーバーテーブル方式では、散乱線がX線管側へ跳ね返るため、腹臥位の患者背部の線量がアンダーテーブル方式の約40倍に達することを計算で示しました。装置の選択と立ち位置が防護に直結することが、数値と図で一目で分かります。
汚染検査、医療用加速器で生じる放射化物、核医学で生じる放射性廃棄物における放射能と線量、原子力災害での除染効果などを評価しています。アイソトープ統合安全管理センターと連携し、安全管理体制の向上に貢献しています。計算の例は下の 地表汚染からの線量分布シミュレータ、環境の汚染と除染の考え方は 放射線防護の基礎 ― ③ 公衆・環境の放射線防護と除染 で紹介しています。
「見えない」放射線を AR/VR/MR(XR)技術で可視化し、放射線防護教育のための教材として実装します。デジタルトランスフォーメーション(DX)を活用した被ばく低減プログラムの開発と、その教育効果の検証に取り組んでいます(教材と効果検証の結果は 教育・XR教材、プロジェクトの詳細は DXRPPプロジェクト をご覧ください)。

可視化の手段はXRだけではありません。散乱線分布を3Dプリンタで立体物として出力すれば、電源も端末も要らず、手に取って確かめられる教材になります(材料費は1個あたり約2米ドル)。ARは動的で可搬、立体モデルは電源不要で堅牢と、場面に応じて使い分けています。


細胞やマウスを用いた実験で、放射線治療に伴う放射線皮膚炎などに対する防護剤の開発と、その有効性の評価に取り組んでいます(このページの 放射線皮膚炎に対する防護剤の開発)。
| モンテカルロ計算 | PHITS 等のコードにより、臓器線量・散乱線分布・遮蔽構造を計算。実測困難な条件の評価に用います。 |
|---|---|
| 線量推定システム | NCIRF(National Cancer Institute Dosimetry System for Radiography and Fluoroscopy)等を用いた臓器線量・実効線量の推定。 |
| 実測・ファントム | 各種線量計と人体ファントムによる実測。3Dプリンタで CT値を一致させた自作ファントムも活用します。 |
| 散乱線の可視化 | 自作システム X-SERVE による散乱線分布の可視化。高感度CMOSカメラ+ピンホールコリメータによるリアルタイム撮像も行います。 |
| XR・3D技術 | HoloLens 等のHMDを用いたAR/MR表示、Web上で観察できる3Dモデル、深度カメラによる術者位置の把握。 |
| 3D造形 | 3Dプリンタによる人体ファントム、散乱線分布の立体モデル作成。 |


医療現場で実際に問われることの多いテーマを、研究の観点から整理します
ICRP(国際放射線防護委員会)は2011年のソウル声明(正式な文書は Publication 118, 2012)で、水晶体の等価線量限度を年間20mSv(5年平均、いずれの年も50mSvを超えない)へ大幅に引き下げました。日本でも2021年4月から新しい限度が適用されています。とくに IVR(画像下治療)・血管撮影 に従事する医師・看護師・診療放射線技師では、頭頸部が線源に近く不均等被ばくとなるため、従来の体幹部の測定だけでは水晶体の線量を正しく評価できません。当研究室では、水晶体被ばくの実態調査と、部位別の線量評価・モニタリング手法の研究を進めています。
防護衣を着用する業務では、防護衣の内側(体幹部)と外側(襟元)の2個装着により不均等被ばくを評価します。しかし実際の装着状況や運用は施設によって差があります。日本放射線技術学会の研究班(班長:藤淵)として全国の医療施設を対象に不均等被ばく管理の実態調査を行い、より実効的なモニタリング体制を提案しています。
鉛エプロン、防護メガネ、天吊り防護板、防護カーテンといった防護具は、正しく配置してはじめて効果を発揮します。当研究室では散乱線分布の実測とモンテカルロ計算により、防護具の種類・位置・角度による低減効果を定量評価し、術者の立ち位置を含めた最適な運用を検討しています。
散乱線の主な発生源は「患者の身体」です。X線が患者に入射した位置から四方に散乱するため、Cアームの角度・照射野・管電圧によって分布が大きく変わります。当研究室では散乱線源の位置と方向を3次元で可視化し、AR・VR教材として実装しています。
CTでは体格を考慮した SSDE(Size-Specific Dose Estimate) による線量評価や、診断参考レベル(DRLs) との比較が線量最適化の基本となります。当研究室では、CTの画質評価(MTF・ノイズ・タスク伝達関数)と線量評価を組み合わせ、画質を担保しながら被ばくを下げる条件の検討を行っています。
法令で定められた教育訓練を「聞くだけ」で終わらせないために、XR教材による体験型の学習が有効です。当研究室では教材を開発するだけでなく、学習効果を検証する研究まで行い、行動変容につながる教育手法を追究しています。
研究紹介資料より(学生の卒業研究・大学院研究のテーマ)
放射線治療に伴う放射線皮膚炎(ARD)に対する放射線防護剤の開発と、マウス・細胞培養実験による検証。
血管撮影での皮膚線量分布をDICOM-RDSRから推定表示し、線量管理システムと連動させる。
ピンホール/深度カメラを組み合わせた可視化カメラで、後方散乱から皮膚線量分布をリアルタイム評価。
CT値を一致させた人体ファントムや、AR放射線防護教育用の散乱線立体モデルを3Dプリンタで作成。
X線透視時の散乱線分布を高精度に評価し、新しい防護具の効果的な配置法を検討。
モンテカルロ計算によりX線検査室の散乱線・漏洩線を評価し、効率的な建屋・遮蔽構造を検証。
CT・エコー画像ベースの臓器を人体に重ねてAR表示し、解剖教育・撮影・穿刺を支援。
X線検査時の臓器線量・実効線量換算係数の算出・検証と、高速な線量推定。
サイズ別線量(SSDE)・自動ノイズ/コントラスト評価・深層学習により、画質と被ばくのバランスを最適化。
核医学で生じる短半減期核種を含む放射性廃棄物の適正管理とリスクコミュニケーション。
核医学・小線源治療で患者自身が線源となる場面を対象に、スタッフや防護具を対話的に配置して線量率分布を確かめる。
放射線治療の分野では、XR(AR/VR)と数値シミュレーションを活用した研究に取り組んでいます。AR(HoloLens)を用いた患者セットアップ支援、VRによる治療の患者体験、そして直線加速器(Linac)室で発生する光子・中性子の周辺線量を、モンテカルロコード PHITS と実測(ガラス線量計・中性子飛跡検出器)で評価しています。


モンテカルロ計算で求めた散乱線分布を、iPad/iPhone向けARアプリ「X-SERVE」として実装し、LiDARで医療スタッフを追跡して複数点の被ばくを推定します。Cアームの角度や防護板配置による散乱線方向の違いを可視化し、心臓血管撮影では散乱線源を3Dで可視化して線量率の高い領域を特定します。さらに、ピンホールコリメータ+CMOSカメラ+深度カメラを組み合わせた散乱線可視化カメラで、照射中の散乱線源をリアルタイムに撮像する研究を進めています。




ARアプリ「X-SERVE」の機能・種類・画面の例は、教育・XR教材 ― 散乱線可視化ARアプリ「X-SERVE」 にまとめています。
散乱線の主な発生源は患者の身体です。移動型Cアームについて散乱線の方向ベクトルを可視化すると、患者が線源であることと、遮へい物を置くべき位置が直感的に分かります(Hizukuri, 日本放射線技術学会雑誌, 2025)。


計算済みの分布を表示するだけでなく、スタッフや防護板の移動に応じて分布が変わるところまで踏み込んでいます。レイトレーシングを用いることで、人や遮へい物の位置変化に追従した散乱線分布を対話的に提示できます(Fujibuchi, Information, 2025)。Cアーム装置向けのリアルタイム推定アプリも開発中です。



メッシュ型計算ファントム(MRCP)やCT画像を用いて、CBCT・X線検査時の臓器線量・実効線量を高精度に推定します。実機・ファントムでの実測と組み合わせ、推定精度を検証し、患者個々の体型に応じた線量評価を目指しています。


当研究室では、Cs-137 で汚染した地表からの線量分布をモンテカルロ法で計算する 地表汚染線量シミュレータ を開発し、講義や研修で使っています。環境の放射線防護と除染の考え方は 放射線防護の基礎 ― ③ 公衆・環境の放射線防護と除染 で解説しています。


点線源では距離の逆二乗則が効くため、評価する高さを 1 m → 2 m → 4 m と上げると、線量は 1/4、1/16 に下がります。広く汚染した地面(面線源)では、同じように高さを上げても 0.85 倍、0.69 倍にしか下がりません。
地上1 m に立つ人が受ける線量が、どの範囲の地面から届いているかを計算すると、半分は半径約10 m 以内、9割は約90 m 以内から来ていることがわかります(Cs-137 の表面沈着、線源半径400 m の場合)。
| 半径帯 | 面積 | 寄与 | 累積 |
|---|---|---|---|
| 0〜1 m | 3 m² | 7.8% | 7.8% |
| 1〜5 m | 75 m² | 28.6% | 36.4% |
| 5〜10 m | 236 m² | 14.3% | 50.7% |
| 10〜20 m | 942 m² | 13.6% | 64.3% |
| 20〜50 m | 6,597 m² | 16.6% | 80.9% |
| 50 m 超 | 117,810 m² | 19.1% | 100% |


この分布がわかると、除染の効き方も定量的に見積もれます。
| 10 m角の庭を除染 | 約36%低減 |
|---|---|
| 20 m角まで広げる | 約48%低減 |
| 50 m角まで広げる | 約64%低減(その外側は汚染したままのため、それ以上は下がらない) |
| 木造家屋の中に入る | 屋外0.49 µSv/h → 屋内0.33 µSv/h(およそ ×0.67) |
こうした計算はすべてモンテカルロ法——乱数で多数の光子の履歴を追い、その平均をとる方法——で行っています。複雑な形状と散乱が絡む問題を、解析的な式ではなく統計的な標本化で扱う手法で、当研究室が医療施設の遮蔽設計や散乱線分布の評価に使っているものと同じ道具です(計算手法は 用語解説「モンテカルロシミュレーション」)。
※表示される数値はモデル計算値であり、特定の地点の実測値ではありません。
放射線治療では、頭頸部がんや乳がんの患者の多くが照射部位に放射線皮膚炎(ARD)を生じます。重症化は治療の中断につながるため、当研究室では皮膚に塗布して薄い被膜を形成する皮膜形成エマルション(FFE)など、新しい放射線防護剤の開発と、マウス・細胞培養実験による有効性の評価に取り組んでいます。

これまでの研究で、見えない放射線を空間的に可視化し、距離・立ち位置・遮へいの効果を安全に学べる環境が整ってきました。次の段階は、教材が実際の行動変容につながり、被ばく低減として測定できるかを示すことです。
計算と実測の一致を、より多様な装置・検査条件へ広げて検証する。
現場で無理なく使える操作性へ。機能を絞り、認知負荷を下げる。
知識の向上だけでなく、防護行動の変化と線量の低減を指標にする。
実際に使う医療従事者の声を、教材の改良に反映し続ける。
研究の前提になる考え方、研究から生まれた教材、成果の一覧は、次のページで紹介しています。
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