Monte Carlo Simulation — 乱数でサイコロを振り続けて、解けない問題を解く
サイコロを振り続けて、答えに近づいていく
モンテカルロ法(Monte Carlo method)は、乱数を使った反復サンプリングで、数学的に解けない値を近似するアルゴリズムです。「解析的に解けない積分」や「複雑な確率過程」を、サイコロを振り続けるように何度も繰り返して平均をとります。
決定論的な手法が式から毎回同じ答えを出すのに対して、モンテカルロ法は乱数を使うので答えが毎回わずかに変わります。そのかわり、確率分布さえ与えられれば、数式で解けない問題にも数値で答えが出ます。
いちばん分かりやすい例が π の推定です。正方形の中に乱数で点を打ち、円の内側に入った点の割合を数えます。
円の面積 ÷ 正方形の面積 = r2π ÷ (2r)2 = π/4
⇒ π =(円内に入った割合)× 4
「乱数を振って、数える」だけ。これがモンテカルロ法の核心です。難しい数式を解いているわけではありません。
サンプル数 N を増やすほど、推定値は真の値に収束します。ただしその速さには法則があり、統計誤差は 1/√N に比例して小さくなります。
この関係は実務で重要です。誤差を半分にするには、試行回数を4倍にしなければなりません。精度と計算時間は常にトレードオフの関係にあります。
放射線は物質の中で、散乱・吸収・透過を確率的に繰り返します。1個の光子がどこで何回散乱し、どこで吸収されるかは決まっていません。決まっているのは「それぞれが起こる確率」だけです。
だからこそモンテカルロ法が向いています。粒子を1個ずつ、多数追跡して統計的に積み上げれば、線量分布や画像を再現できます。しかも複雑な形状をそのまま扱えます。
事故時の高線量場など、実際に人を置いて測るわけにいかない状況を、計算の中でなら安全に再現できる。
人体の中に線量計は入れられない。人体ファントムを計算機の中に作り、臓器ごとの線量を推定する。
治療用X線のエネルギースペクトルや、直接線と散乱線の内訳など、技術的に分離して測るのが困難な量を取り出せる。
放射線・原子力の分野だけでも、世界中で1万人以上が利用しています。
当研究室では、散乱線分布の評価、遮蔽設計、検査室の線量マップ作成などにモンテカルロ計算を使っています(研究内容)。
幅広い粒子・エネルギー・形状を扱える大規模なコードです。いずれも長年にわたり多くの研究者に使われ、検証が積み重ねられています。
| コード | 開発 | 特徴 |
|---|---|---|
| PHITS |
Particle and Heavy Ion Transport code System JAEA・RIST・KEK ほかの共同開発 |
核反応モデルと核データライブラリを用いて、あらゆる粒子を広いエネルギー範囲で輸送計算する。加速器、放射線治療、宇宙放射線など応用が広い。当研究室が主に使っているコード。 |
| Geant4 |
GEometry ANd Tracking 4 CERN を中心とする国際協力 |
もとは高エネルギー物理実験のために開発された。検出器の応答や粒子の飛跡の可視化に強く、医学・生物・放射線防護・宇宙航空へ広く応用されている。 |
| MCNP |
Monte Carlo N-Particle Los Alamos National Laboratory |
中性子・光子・電子・イオンを核子あたり1 TeVまで輸送する。物質は3次元のユーザー定義ジオメトリで表す。臨界安全・遮蔽・線量評価で標準的に使われる。 |
| EGS |
Electron Gamma Shower KEK / NRC Canada(EGS5・EGSnrc) |
数keV〜数TeVの電子と光子を輸送する。文書化と検証が進んでおり、放射線治療の線量計測の分野で広く普及している。 |
PET・SPECT・核医学・放射線イメージングなど、用途を絞ったコードもあります。代表例は GATE・TOPAS・SimSET・SIMIND など。限られたエネルギー範囲で高い信頼性を発揮しますが、研究室規模で開発されていることが多く、更新が続くとは限らない点に注意が要ります。
どれを選ぶかは、精度・柔軟性・効率・使いやすさのどれを優先するかで決まります。
計算結果は「合っている」と主張するだけでは通らない
モンテカルロ計算の結果を論文にするときは、考察(Discussion)で信頼性を説明しなければなりません。これを怠ると、査読で厳しい指摘を受けたり、原稿が却下されたりします。
信頼性を示す基本は実測との比較です。測定値の標準偏差(不確かさ・誤差率)と、計算の統計誤差を並べて示します。実際の論文では、次のような一致度が報告されています。
| 報告 | 実測との一致度 |
|---|---|
| S. Gallardo ほか(2015) | 実測効率と計算効率の相対誤差は、ほとんどの場合で 5%未満。MCNP5 の計算自体の相対誤差はいずれも1%未満。 |
| N. Hu ほか(2020) | PHITS による計算結果と実測データは 3%以内で一致。 |
| M. Almatari ほか(2019) | 同様に実測との比較により妥当性を確認。 |
※数値は講義資料に引用された各論文の報告値です。原著の詳細は各論文をご参照ください。
検証のない計算結果は、どれだけ精密に見えても根拠になりません。「何を入力し、何を出力し、どう検証したか」をセットで示すことが、モンテカルロ計算を使う研究の基本作法です。
モンテカルロ法は高精度ですが計算が重く、数時間かかることもあって臨床でのリアルタイム利用が困難でした。GPUの並列計算で数十〜数百倍に高速化する研究が進んでいます(gDPM などの高速線量計算エンジン)。物理モデルはCPU版と同じまま速度だけを上げるので、適応放射線治療のような「その場で線量計算」する応用が現実になります。
参考:GPU-based fast Monte Carlo dose calculation(arXiv:1107.3355)
深層学習でモンテカルロの線量分布を高速に予測したり、ノイズを除去したりする手法です(DeepMCDose など)。少ない粒子数で計算した「ノイズの多い結果」をAIが鮮明にすることで計算時間を大幅に短縮します。物理の正確さと速さを両取りし、リアルタイム適応治療をめざす方向です。重粒子線治療の線量分布予測にも応用が広がっています。
参考:DeepMCDose(arXiv:1908.04437)
ICRP Task Group 103 が、四面体メッシュ型の成人男女標準ファントムを開発しました。従来のボクセル(階段状)では表現しにくかった薄い臓器・皮膚・水晶体まで滑らかに表現でき、Geant4・PHITS・MCNP6・EGSnrc などの主要コードでそのまま使えます。次世代の実効線量算定の国際標準として整備が進んでいます。
参考:Mesh-type Reference Computational Phantoms, ICRP TG103(PMID:30844899)
Geant4-DNA や PHITS-Chem を使い、DNAスケール(nm)で低エネルギー電子を1個ずつ、飛跡構造まで追跡します。荷電粒子による直接損傷と、水の放射線分解を介した間接損傷を、物理過程・化学過程まで模擬します。「なぜこの線量で細胞が壊れるのか」を物理から説明しようとする研究で、生物学的効果比(RBE)やDNA二本鎖切断の理解を支えます。
参考:Track structure simulation of low energy electron damage to DNA using Geant4-DNA(arXiv:1805.11159)
RFMCEdu ― ブラウザだけで動くモンテカルロ教育ツール
当研究室は、インストール不要でブラウザだけで動くモンテカルロ教育ツールを公開しています。診断X線を題材に、入射表面線量(ESD)・エネルギースペクトル・3D飛跡・相互作用の内訳を可視化します。管電圧・付加フィルタ・ファントム・入射光子数を自分で変えて実験できます。
※画面が横に広いので、スマートフォンよりタブレットやPCでの利用をおすすめします。
まずは初期設定のまま1回実行し、それぞれのグラフと画像が何を表しているかを確かめるところから。
設問:光子数を10倍にすると、画像のノイズと統計誤差はどうなるか。
予想を立ててから、光子数を変えて画像を比べてみてください。結果は次のとおりです。
設問:管電圧を 80 → 120 kVp に上げると、何が変わるか。(HVL/実効エネルギー/透過線量/スペクトルの形)
kVp だけを変えて2回実行し、比べてみてください。
| MCとは | 乱数による反復サンプリングで、解析的に解けない問題を統計的に近似する手法 |
|---|---|
| どう使うか | 放射線治療・線量評価・検出器設計・遮蔽・医用画像・放射線防護など、医学物理の広い範囲 |
| 長所 | 複雑形状や実測困難な状況を再現できる/ほぼ任意の物理量を計算できる/高精度 |
| 短所 | 計算コストが大きい/統計誤差(Nを増やす必要がある)/専門知識と検証が必須 |
| 最先端 | GPU高速化/AIハイブリッド/メッシュ型ファントム/ナノドシメトリ |
発展課題:自分の研究テーマでモンテカルロ法を使うなら、何を入力し、何を出力し、どう検証しますか。
本ページは、当研究室の講義資料「“モンテカルロシミュレーション”とは?」(九州大学大学院医学研究院 保健学部門 医用量子線科学分野 藤淵俊王)をもとに構成しました。図は本講義のために作成したものです。各コード・各研究の詳細は、リンク先の公式サイトおよび原著論文をご参照ください。
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